1964-04-09 第46回国会 衆議院 法務委員会 第24号
それから同時に、やはり特に交通の便の悪いところ等に配置をされておる判事諸君の待遇の問題も国会として考えなければならぬ問題ではないかと思うのでございますが、そういうような待遇の問題等については十分なことが行なわれておるのかどうか、この点について伺いたいと思います。
それから同時に、やはり特に交通の便の悪いところ等に配置をされておる判事諸君の待遇の問題も国会として考えなければならぬ問題ではないかと思うのでございますが、そういうような待遇の問題等については十分なことが行なわれておるのかどうか、この点について伺いたいと思います。
しからば、給与の面において判事諸君がそこに身をゆだねて、生活が十分に果たし得るということでなければなりますまいが、といって、これは給与体系全体の問題がございますので、そうそう簡単なわけには参りかねると思うのです。しかし、やはりその基礎条件を整えなければどうにもならぬというあたりから考えましたならば、判事の待遇というふうなものに対してどういう御見解を持っていらっしゃいますか、これを伺います。
そういう点からいえば、今のたとえば平均俸給額の関係で、明らかに判事諸君の場合、ダウンしているという状態等に対しては、むしろ次官の任用の条件だとか、あるいは勤続年数なんかを理由として、ここで釈明がましいことを言うよりも、どうして本来の姿に返すべきか、もしくはまた返す方法として、法務省としてはどういう方法を考えているかというそういう立場で答弁するのでなければ、単にきよう質疑が終わって、この法律が成立すれば
そうすると、判事諸君の全体の平均した賃金額、報酬額が、優位を認め、あるいは有利な条件で待遇しているどころのさたではなくて、金額においてもはっきり二千円違っておる。報酬と俸給がですよ。それから諸手当の関係等、一つの例としての特別調整額の関係では次官は二五%、判事の場合には今度上げられて一八%、これは一体どういうことですか。
○一松定吉君 そこで、今までは恩給年限が国務大臣は七年だということであって、最高裁の判事諸君も、七年たてば恩給になるというようなことにしなければいかぬと、そうすれば、弁護士から最高裁の判事を希望してくるような者も出てくるからというようなことで、あなた方も鋭意努力しておった、ところが恩給年限について、今日そういうようなことがなくなってしまった。
私、今日でもそう思うのでありますが、その請願書でありますか、決議書を書かれる前に、むしろできれば判事諸君と私が責任者として十分その経過その他私どもの考え方を聞き取るだけの心の余裕、時間の余裕をお持ち下さいましたならば、こうやって開会に御迷惑をかけることがなくて済んだのじゃないかと、私はこう思っているので、その点は非常に残念に思うのであります。
この政策に対して、東京地裁の判事諸君の決議を先頭に、大阪、仙台等全国の判事諸君が反対の意思表示を行なっておる。また、新聞も世論もこれに同情的なのは、むしろ当然と言わなければなりません。自民党の委員の中には、この判事の決議が国会に提出されたことを声をはげまして叱っておられる方がありますが、私は、これは的はずれであると思います。
昨日も、不可能とは言えぬというような最高裁判所の判事諸君の話でしたが、従来もこれは同じことでありますが、従来どういうふうにして合議をやってきたかというようなことは、私がここに申し上げるまでもありませんが、現行の裁判所法の第五編、第三章に、「裁判の評議」というのが載っております。七十五条から七十八条にまたがっております。
これを国民諸君から見ますならば、ただ天下り的に、最高裁判所の判事諸君が、自分たちのおめがねにかなった、あるいは官海遊泳に上手な、ごきげんとりの上手な人間ばかりに目をつけられずして、そういう人間の中にしかも実際は民衆に対してはとんでもない不親切な不都合な判事もあり得るわけでありますから、こういう訴追委員会、弾劾裁判所の材料を御参酌して、適材適所に配置するとともに、再任するやいなやの参考にも供していただきたい
この政府提案が通ったといたしますと、十五人の判事諸君を九人に減員しなければなりませんが、いかようにして減員するか、無理にやめさせたら憲法七十八条の違反だと思いますが、これに対する先生の御意見を伺いたいと思います。
私は全部〇をつけるか全部×をつけるか、どちらにしましても無責任な話なんで、つまり、それほど今日の最高裁判所判事諸君というものは国民から遊離しておる。つまり、適当なのか不適当なのか、一体その判断の基準というものをどうしたらいいのか、これはいつも、私は不思議に思っておることです。これが一つです。
こういうことが判明したのでありまして、この点について、非常に実はわれわれにも責任があり、最高裁判所の判事諸君にもお気の毒であり、また弁護士界から就任せられる人についてもそういうような点が大いに考慮されなければならぬのに、それが放擲されておる。
そこで御相談ですが、実はこの問題について私は非常に責任を感じておって、最高裁の判事諸君のために、何とかしてこれを実現したいということで、打ちあけ話になりますが、わが自由民主党の政調会や法務部の部会にこれを提案しておりますが、なかなか私どものようにそういう経験を持っていない委員諸君が多いようでありまして、理解が得られないで実は困っております。
やはり最高裁判所の判事諸君の方でも、機構機構と言わないで、何らか少し考えていただく余地もないであろうか。しかし今の十五人でさばいていくということは無理でしょう。やはり部に分けて裁判をするということにするのがいいのであろうと、ひそかに思っておる程度であります。しかし私はこういう問題は、ふだん身を入れて研究はいたしておりませんから、ここではただ日常考えておるだけのことを申し上げる程度であります。
それからもう一つ、私は裁判所内部でも、やはり人でありまするから、おのおの下級裁判所の判事諸君でも、最後に目ざすところは、できることならば、最高裁判所の名誉ある判事にもなりたい、こういう気持で日夜事件にいそしむということも、これは当然なことだと思うのです。
宮崎支部が設置されたいきさつが、実際に福岡の高裁の判事諸君の意見は、どのような意見であるかという事情等を考えますと、万やむを得ざる事情によつて設置したわけで、現在宮崎の高裁支部の判事の質といつては何ですが需要の状況、それから実際の運営においての不便等を考えますと、移転ということは政治的には非常に刺激がありますれば実際はこの際本特別立法の具体的な施行、すなわち奄美大島復帰の事実をとらえて新しく鹿児島に
そして裁判長や判事諸君の言われるのには、これは非常にむずかしい問題だ、ぼくが君の立場ならば、堂々とこういうふうに主張すると、こう裁判長も述懐されたくらいでありまして、その事情は渡航課長よく御承知のはずです。
しかし他の裁判所の判事諸君は人の感情でやつたりそういうとばつちりでやつたりしたようなことについて、いろいろな法的な価値判断をするにはどうもおとなげない、あるいはしりを持つて行かれるのは迷惑だというような気持、これが実際上偽らざる実情であります。
ところがその判事諸君たるや、これは決して——一般的に言うと語弊なきにしもあらざることは私みずから認めますけれども、大体論から言いますると、やはり現在の判事諸君というものは戦争中の判事諸君であります。この戦争中の判事諸君がどんなことをやつて来たか、あるいはどんな考えを持つていたか。
こういう頭の判事諸君がまだいる。これに同じではないにしても、これによく似た人たちがまだたくさんいるということ。そういう事態が現在の民主主義的なあらゆる措置に対して反発を呼ぶことは当然であります。こういうことを是正するのは当然であります。言つてわからないものに対しては、労働者が団結の力を発揮してこれを覚醒させるのは当然なことだと私は信じている。
○須藤五郎君 どうか任命の場合は、そういうことを特に注意なすつてやつて頂きたいと思いますと同時に、地方の判事諸君にもいろいろな意見があるように聞くわけですが、この件に関しまして、皆さんのほうで、地方弁護士会の意見をお聞きになつたことがあるかどうか。又なければ、一応地方弁護士会の意見を聴取なさるのが適当でないかと思うのですが、どうですか。
どうか今後においてはやはり下級のかたがたが非常に生活に困窮されて、その貴重な任務を果されないというようなことがないように、現在の一般の客観的な生活困難の中で余りひどい開きがあるということは、或いはまあさつき最高裁判所のほうから御説明があつたように、高潔な判事諸君の場合、そういうことを口にされないということも、理想ではありますけれども、実際問題として恐らく困難だろうと思うので、今後においてはどうかお考
つきましては私共、少年審判所が、しばしばお繰返し相成りまするように、二十年以上に亙つての多年の御努力、御経驗には大いに敬意を拂うものでございまして、その方々が家庭裁判所の判事諸君におなりになりますることは言うまでもないこと、それだけではございません。
その原因は第一回の場合におきましては、刑事第四部が別に第三部から、松本、伊藤、一松と、こういう判事諸君を轉属せられまして、独立の部を構成して、それによつてこれを審理せしめたのでありますから、いわゆる專任部が一事件のみを審理進行して参つたのでありますから、速かになつたのであります。